カンヌ映画祭で2007年のパルムドールを受賞した標題の映画(日本語訳:「4ヶ月、3週間と2日」)のレビューです。まだ日本では公開されていないみたいですね。
監督はクリスティアン・ムンジウ。ルーマニア映画です。
さすがカンヌで最高賞を受賞しただけあって、素晴らしいクオリティーなのですが、私は観ていてすごく辛くて、胸が痛かったです。共産党時代のルーマニアで、堕胎が非合法とされていた時代に、望まない妊娠をしてしまった女子学生が、ヤミで堕胎手術を行ってくれる医者を探す物語です。私が「辛い」といっているのは、女として堕胎の物語が辛い、というわけではありません。
私は共産党時代のルーマニアを知りません。
私が初めてルーマニアの地を踏んだのは97年で、民主化から8年。共産党時代の残滓のような雰囲気が、まだ少しだけ残っていたと思われる時期でした。
それでも、私はその場に居合わせたような気分にさせる映画で、観ていてほんとうに辛かったのです。
理由のひとつとして考えられるのは、知っている場所があまりにも多く出すぎていたからかとも思います。
主人公の住んでいる工科大学の寮(私は2001年ごろ、工科大学の寮に住んでいました)。あの暗い廊下、共同のシャワー室、タバコや化粧品を売る学生。蜜蝋で脱毛するルームメイト。寮の裏のバスの通る道。寒い学校の廊下。ごとごと夜道を走るトラムの固い木の椅子。野良犬。友達の住むアパートの入り口。アパートの裏庭で絨毯を叩く老婆を見ながら、人を待っていたこと。バサラブ駅の高架を夜走ったこと。そしてなんといっても、甘え上手で、優柔不断で、でも実はすごくしたたかなルーマニア人の寮の女の子たち。
あまりにも、身近に感じられるシーンが多すぎて、寮に住んでいた当時、私の身の回りで知らない間に実際に起こったできごとなんじゃないかっていう気がしてきてしまい、空恐ろしかったです。もちろん、私の学生時代は既に堕胎は合法化されていたんですが。
主人公が宿泊を断られるホテルとか、最終的に宿泊するホテルのロケ地も馴染みのある場所で(プロイエシュティのホテルチェントラルとブカレストのホテルアストリアです)、映画を見ているというより、「今、目の前で起こっていること」を傍観しているような気分になりました。
私にとってはリアリティー満載の映画だったんですが、ルーマニアに一度も来たことがない人にとってはどうなのでしょう。正直言って私はほとんど客観視できず。それはただ単に私の知っている場所が多く出ていたからなのか。それとも、監督の腕のなせる業なのか。低予算で心理的な迫力を出したすごい映画なんだけど、観終わったあとに口の中が苦くなるような気がする映画でした。ルーマニアを知らない人にも、「リアリティー」を感じさせるようなカメラワークで撮っているのでは・・・という気もします。誰か教えてください。
予告映像は
こちら。
すごいと思ったのは、実在の場所で撮っているだけではなくて、共産党時代の寂しい街の雰囲気というか、空気感を再現しているところです。私はその時代のブカレストを知らないけれど、「ああ、きっとこんな雰囲気だったんだろうな」と思わされます。
ルーマニアのレビューを読んだり、私の周りのルーマニア人の意見を聞くと「カンヌで受賞したのは素晴らしい。そしてすごい映画なんだろうけど、我々ルーマニア人としては古傷をえぐられるようで見ていて辛い」という意見が多いです。
ルーマニア映画が国際的に有名になるのはいいけど、なんでまた共産党時代の自虐ネタで有名にならなきゃいけないんだ・・・というのが国内での評価なのかもしれません。
いろいろ考えさせられました。機会があったら観てください。