ルーマニア語通訳をして(1)

「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」という本をご存知ですか。ロシア語の同時通訳者として活躍され、最近亡くなられた米原万理さんが書かれた、通訳業に関する本です。
私も通訳者のはしくれ中のはしくれですが、通訳で口に糊させていただかせている者として、この本は興味深く読みました。通訳に関する本といっても、堅苦しいメソッドを書いた本ではなくて、爆笑エッセイ(でも読後は知的レベルアップします)です。米原さんの書く「困ったお客さん」や「困った通訳さん」の話は、爆笑しつつ、同じ通訳として共感度1000%です。
「いるいる、こういうお客さん!!」と腹が痛くなるほど笑った後、「いやー、私もこういう翻訳ミスやるよなあ・・・」と過去の失敗を思い出して穴があったら入りたくなったり・・・。通訳でない人でも、もちろん楽しめます。

通訳の仕事の醍醐味は、いろんな場所に行って、いろんなお客さんにお会いすることです。そんな仕事をしていると、面白い体験をするんですが、守秘義務があるので、お客さんのことはブログには書きません。残念残念。

でも今日は米原先生の真似をして、通訳というものについて考えてみたいと思います。米原先生の本の内容とも相当かぶってますが・・・。
ルーマニア語の翻訳者と通訳者がいるなかで、私は主に通訳をしています。翻訳者は紙に書いて訳す人、通訳は喋って訳す人ですね。この2者の最大の違いは、スピードと正確性です。
翻訳は、1ページを訳すのに、締め切りさえ先ならば、1-2日うんうんうなって訳語を考えても良いですが、通訳は、会議中にうんうんうなって訳語を考えていては、クビになります(笑)。そう、通訳にもっとも要求されるものはスピードです。会議では全員が耳をダンボにして、私の訳を待っています。通訳は止まって考えてはいけません。辞書なんてひいている時間はもちろんないです(一度やってみたいけど・笑)。
その代わり、多少の「訳語すっとばし」も暗黙のうちに許されるのが通訳です。翻訳の場合、家の机の前に座って、じっくり訳を考える時間はありますが、「訳語すっとばし」は禁物です。

たとえば、以下のような意味のルーマニア語の文章があったとします:

「ルーマニア政府はチャウシェスク時代に建設された工場の取り壊しを決定し、作業開始したが、やむをえない事情により作業は一時中断された」

これを翻訳する場合は、一字一句残らず訳さなくてはいけません。
しかし、通訳の場合、以下のように訳したところで、会議の流れをさまたげなければ許されます。

「政府はチャウシェスク時代の工場の取り壊しを始めたが、事情により一時中断した」

もちろん、全部一字一句訳すのが理想ではあります。そのための努力は怠ってはいけません。しかし、全部の発言を正確に訳そうとして「『やむをえない』ってルーマニア語でああ言ったほうがいいかな・・・それともこう言ったほうがいいかな・・・」と戸惑い、立ち止まってしまうよりは、よどみなく、要点のみを訳したほうが顧客にとっては安心できる通訳といえます。
短い時間で、とっさに、どこまで原発言を完璧に再現できるか。通訳の勝負どころです。ただし、1時間の会議中、全発言を完璧に1語も落とさずに通訳できる通訳者は、おそらくこの世にいないでしょう。通訳は残念ながらコンピュータではありません。
その場合、「どの部分を削って訳すか」判断できる通訳は良い通訳です。
こういう会話があったとします:

「御社のこの製品は、価格はこれ以上下げられないのですか」

「これに関しては、お手元のパンフレット、さきほどお配りしたやつですね、そちらにも書いてあるんですが、開発期間が3年もかかっておりまして、わが社としても渾身の力で開発しましたので、お安く提供したいのはやまやまではございますが現時点では難しいですね。もちろん今後、さらに開発努力を重ねればコストダウンも可能かとは思いますが、設備投資の問題もありますので・・・」


この後者の発言を、通訳者が即時に訳す場合、以下のようになることが多いと思います:

「安くしたいですが現時点でそれは難しいです。パンフレットにあるとおり、開発期間が3年もかかっていますので。今後も努力すれば可能かもしれませんが、設備投資も考えなくてはいけませんから」

相当、言葉を削っています。しかし、要点は抑えています。

これを、同じ言葉を省略して訳すのでも、

「パンフレットを見てください。開発が大変だったので、安く出来ません。安くするよう努力しますが、今は無理です」

ここまで省略しては、省略しすぎです。忠実すぎる訳は時間がかかりすぎて、顧客をイライラさせたり、不安にさせますが、省略しすぎな通訳も、もちろん顧客を不安にさせます。

通訳は、通訳をする際、以下の作業を行います(逐次通訳の場合)。

1.相手の発言を聞く
2.メモを取る
3.意味を理解する
4.要点は何か把握する
5.記憶する
6.要点に対して訳語を考える
7.相手にわかりやすく文章の組み換えを行う
8.訳を口から発する

1~8の作業を行うのに許されている時間は、数秒以下です。1~8をすばやく行える通訳ほど、削る発言は少なくてすむかもしれません。1~8を瞬時に行うためには、相当の集中力が必要です。
スピードよりも正確性が第一に要求される翻訳は、1日4時間でも5時間でもぶっつづけで作業することができますが、通訳の場合、逐次通訳で1時間でへろへろになります。プロの同時通訳で10-15分で交代するのが常識だと言われているぐらい、通訳と言うのは短期間のすさまじい集中力を要する作業といえます。

私は集中力がないから困ってるんですけどね・・・。会議通訳の前は、脳が働くように、チョコレートと甘い甘いコーヒーで糖分をドカンと摂取します。会議の休憩時間には、コーヒーブレークで出るチョコレートケーキとかを、むさぼり食っていても、そっとしておいてやってください・・・(爆)

(続く)
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by heedoosama | 2007-01-28 09:25 | ことば・おしごと  

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